中国古典とUX

中国の古典に「菜根譚(サイコンタン)」というのがある。

中国明代末期(約400年前)に書かれたもので、前集222条、後集135条からなる格言集である。洪自誠(コウジセイ)という人が書いたものだ。江戸時代に日本に入り、田中角栄や松下幸之助、野村克也などが座右の書としたらしい。松下幸之助の言葉をまとめて引用した『松下幸之助の菜根譚』という本も出ている[1]。

前集と後集があり、前集は現役向けのビジネス書のようなもので「社会で成功する方法」が、後集は退役向けのもので「リタイア生活を楽しむための考え方」が書かれている。

そんな分けで私は後集を読んでいる。

全般的には、生活の中にあるさまざまな逆境や困難をどのように乗り越えるか、その心の支えとなる考え方が書かれている。

たとえば、日本では昔から「人に優しく、自分に厳しく」と教えられるが、これも菜根譚をもとにしているものと思われる。すなわち、

人の過ちは許すのがよい。だが自分の過ちは許してはならない。自分のつらさは耐え忍ぶのがよい。だが、他人のつらさは見過ごしてはならない

135条ある後集はどれもが心に響くのだが、その中で一つあげれば次のものであろう。90条の一節である。

自然の原理原則を悟ることが出来ていれば、質素な日常でも優雅な心が得られる

つまり星や月の様子や雲の流れとか、動植物の生の営みやさまざまな循環などにみられる法則を理解することができれば、それが心の豊かさに繋がり充実した人生を送ることができる、とでも解釈できる。

たとえば、自然の四季折々の草木や美しい風景を表す言葉に「花鳥風月」というものがある。詩や日本画の風流を表すものとして使われるが、この花鳥風月の味わいが分かれば、詩や日本画も味わい深いものになるのではないだろうか。

後集77条に次のような言葉がある。

人には其々に"旬"があり、大器晩成という考えが納得できていれば、人生に焦って失敗することはないことに合点がゆくだろう。 言換えれば(中略)現役の時代に旬が来なかった人でも、退職後に旬が来れば、それは一生ものと言えるかもしれない。(中略) 人生には必ず旬が来るから心配しないで悠々自適に生きようではないか。

とても勇気づけられる言葉である。

菜根譚には優しく書かれた子供向けバージョンもあるので、気が向いた方は読んでみてはいかがか[2]。古典に学び自分の経験を見直してみるのも良いことである。

Juan Carlos Fonseca Mata - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=82720150による


参考情報
[1]『松下幸之助の菜根譚』(皆木 和義、2008、あさ出版)
[2]『逆境に負けない力をつける! こども菜根譚』(齋藤 孝、2016、日本図書センター)