アンカリングとナッジ
Published by 松原幸行,
行動経済学についてのTV番組を観ていて感じたこと。まずは放送で示された事例であるが、松茸梅、三種類のメニューがあるとすると、懐具合から考えれば梅であっても、57%の人は竹を選ぶという(*1)。¥3,500の松があると、竹の¥2,000が安く感じるということの様だ。これも「アンカリング」の一つだ(*29。また人は、「もうすぐ売り切れ」などの、利用できる情報だけで購入を判断することがある。これを「利用可能性ヒューリスティック」という。ヒューリスティックというのは、直感とか近道という意味だ。(*コラム「メンタル・アカウンティングについて」を参照)
良く見かける、「元値は200,000円、本日のみ149.800円!」というのは、初めから149.800円とは言わないところがミソである。これは、数字を基準に判断する「アンカリング」だ。元値が149.800円なのに、値札だけ元値200.000円とするのは反則であるが。
あるいは、「つけ払い、返品無料」という魔力。一旦自分のものになると手放したくなくなる「保有効果」につけ込んでいる。とりあえず使用でき支払いを先送りにできるところに魅力があるのだが、これは現在を基準にやるべきことを先延ばしする「現在志向バイアス」というもの。
これらを「ナッジ(nudge)」という(*2)。ひじで小突くという意味だが、ものぐさな人間を基準にして、逆手にとり、後押しするような手を打つことである。単に選択肢を出すサジェストとはずいぶん違う。
アメリカのとある企業の企業年金の話だが、従来、"加入したい人が加入手続きする"方法だったが、続きが面倒で加入者が極端に少なかった。そこで、自動加入を前提とした仕組みに変えて、"脱退したい人が手続きする"ように変えたら、加入率が90%になったという。何か騙している様な気もしないでもないが、面倒を脱退する方に変えただけで、不正ではない。
一人ひとりに合ったアドバイスも、信用を得る意味では効果があるナッジである。今までの省エネシステムでは、「節約しましょう」などの汎用的なメッセージが一般的であったが、これを「あなたの省エネレポート」というスタイルに変えて、「Aさんは節約家よりも1.4倍多く出費しています。無駄は20,000円です」という具体に、個人へアドバイスする方法に変える。そうするとより真実味が増して、成約率が上がるそうだ。クライドとAI技術の組み合わせ、十分可能だと思う。
この種のナッジは色々検討されていて、臓器移植などにも利用できそうだ。現在は、"臓器提供の意思表明をサインで行う方法"だが、これを"提供したくない人がサインする方法"に変えれば、臓器提供率は大幅に上がるであろう。ただし倫理的には問題がありそうだ。したがってやはり、臓器提供の意思表明とともに「提供を希望しない」も選べる様にすべきだ(現在はそうなっている)。
思うのは、果たして「UXナッジ」なるものはあるのか、ということである。良い経験を促すメッセージや情報や仕掛けをナッジとして考えることだが、単に「こんな経験はいかが?」ではダメなことは明白である。スキーツアーの企画であれば、ユーザーがまだ経験していないゲレンデやコースなどを選んで示すとか、やはりクラウド連携が必要のようである。これらのUXデザインは、技術陣とのより綿密な連携が課題である。
"__kya25ne"のインスタグラムより引用(https://www.instagram.com/p/BarOTUDgJlA/?hl=ja&taken-by=__kya25ne)
参考情報:
(*1) 極端の回避性 https://swingroot.com/extreme-avoidance、「松竹梅」なら思わず竹 消費者くすぐる販促の極意 https://www.nikkei.com/article/DGXNASGF0702S_X00C13A3000000/(*2/
(*2) 行動経済学で人の心を操る現代の魔法「ナッジ」とは何か|ノーベル経済学賞セイラー教授の「発明」 https://courrier.jp/news/archives/99941/