“おもてなし”とHospitality
Published by 松原幸行,
2020年のオリンピックが東京に決まった時,「お・も・て・な・し」が流行語となりサービスに火がついた.欧米にもHospitalityという言葉があって,おもてなす気持ちは万国共通であるはずだ.ところが実際は,様々な面で違いがある[1].
勿論,欧米でも最高級のホテルなどでは,痒いところに届くくらいのおもてなしに溢れている.過剰なものも多い.ところが,庶民が利用する,いわゆるモーテルなどでは,衛生面でも疑問が生じたり,微妙な感じである.つまり欧米のおもてなしは,コストに比例するのだ.低コストで行き届かない部分は,愛嬌でカバーする.
要するに,欧米のおもてなしは,「型」で作られる.型であるから「ランク」があり,コストが紐付いている.愛嬌の方はスタッフの笑顔とかフレンドリーな対応であり,気持ちよく利用してもらおうとする姿勢を感じる.でも姿勢なので,ふとした時に冷たい視線とか裏が見えたりする.実は,この“型によるおもてなし"を超え,人によるおもてなしに昇華したものが,ザ・リッツカールトン・ホテルの有名なサービスだ(恋人にプロポーズするカップルの驚きの体験,など).これは例外である.
これに対して,日本のおもてなしは「人」で作られるように思う.型もあるにはあるが(欧米ほどには)明確ではなく,スタッフ一人ひとりの「おもてなす気持ち」,お辞儀をしたり一声かけたりする試食を勧められたりする「ラポール行動」,臨機応変に対応する状況判断力と「謙虚さやノウハウに裏打ちされた専門力」などなどにより,型に無いおもてなしが生まれるのだ.とりわけ,日本人気質の気配りと気づきは欧米には無いものであり,愛嬌だけでお茶を濁すようなものとは随分違う.だから小さな旅館に行っても清潔で居心地が良い.ある治療院では,治療が終わった後寒い思いをさせないように,利用者が脱いだ靴は電気毛布の上に置かれ,上に毛布が掛けられるのだ.そんな治療院にまた来たいと思うのも不思議ではない[2].
欧米のおもてなしは型,日本のおもてなしは人である.型の場合,均一さは確保できるがきめ細かさは望めず,いわゆる“型通り"に成らざるを得ない.それに対して,人は無類のものである.コストに関係ない日本的なおもてなしは,欧米では絶対に実現できないであろう.インバウンド人口が増えているのもうなずける.
"eatcookwander"さんのインスタグラムより引用(https://www.instagram.com/p/Bkq_1Ppltpz/?hl=ja&taken-by=eatcookwander)
参考情報
[1] 【日本とアメリカ比較】サービス精神にも国民性の違いが? http://www.whynotjapan.com/countries/【日本とアメリカ比較】サービス精神にも国民性/
[2] お客さまがとぎれない治療院"ゆらしLab"は、なぜ、靴に「毛布」をかけるのか? https://diamond.jp/articles/-/174258