感性豊かな表現
Published by 松原幸行,
言葉は、人の進化に大きく寄与しており、全ての文化を成し伝承するために必要不可欠のものである。我が使う言葉も日本文化との関係が強いことは言うまでもない。
中国から漢字が入ってくるまでは、いわゆる「大和言葉」というものを使用していたらしい。そこへ漢字が入ってきた。これは江戸末期の「黒船」以上にセンセーショナルな出来事であったろう。
その漢字に対して当時の大和人は、元々使用していた大和言葉をやめずに、中国の読みもうまく統合して使用した。それが「音」と「訓」がある理由でもある[1]。
また日本には古来から7音や5音の音数を定型にして表現する、いわゆる「七五調」とか「五七調」といわれる表現スタイルがある。これは、やはり中国の陰陽思想を受け入れていたためという[2]。そしてこれが、様々な文化を形成する土台となっている[1]。
俳句や川柳は「5 7 5」、短歌は「5 7 5 7 7」、都々逸(どどいつ)は「7 7 7 5」であり、歌謡曲の多くも七五調や五七調で作られており、例えば『蛍の光』などが該当する。国歌である『君が代』は古今和歌集の短歌(作者不明)を元に作られたので、当然五七調である。
俳句や短歌は最も感性的な表現の代表的なものである。俳句や短歌は敷居が高いが、「一行詩(one-line poems)」と呼ばれるジャンルはとっつきやすい[3]。詩人の安西参衛氏による次の詩を例にみてみよう。
『てふてふが一匹 韃靼海峡を渡っていった』
作詞家 松本隆氏は、「はっぴいえんど」時代、好んで訪れた渋谷のロック喫茶「マックスロード」のトイレの落書きでこの詩を見て触発され『風をあつめて』の詩を書いたとのことである。その歌詞のフレーズは次のようなものだ。
『起きぬけの露面電車が 海を渡るのが見えたんです』(『風をあつめて』より[4])
『風をあつめて』にはこの他にも感性豊かなスレーズがあるのであとで述べる。
「詩」とは何か、という問いに対して、私は<気持ちを感性豊かに表現したもの>としたいと思う。感性豊かな表現は、読む方も感性を豊かにしないと裏の意味を読みとれない。感性の豊かさで意味も変わるから、そのあたりが詩の味わいと言える。
例えば、先の安西氏の詩だが、これは、アイヌ民族が遠い故郷に想いをはせつつ、てふてふ(蝶々)にその想いを託したものだと言われている。韃靼海峡とは、現在の間宮海峡のことだ。樺太に住んでいたアイヌ民族の想いを感じるとるか、単にてふてふが飛んで行ったことを解説として読むか、この差が「感性豊かに読む」ということであろう。
一行詩はとっつきやすいし気軽に取り組める。良い機会なので、誰でもできる一行詩の作り方を私なりに考えてみた。だいたい次のような手順である。
- その日の「特別なこと」(普段と違う経験)をランダムに書き出す。その際、気持ちや感情も素直な気持ちで書き出すこと。
- 感情が伝わるように思いを込めて、感性を豊かにしつつ詩的な表現を工夫する。
- 全体を調整し一行にまとめる。
「感性を豊かな表現」というのがわかりにくいので、いくつか例をあげる。
- 「太陽がカンカン鳴く」(宮沢賢治『風の又三郎』)真夏の太陽が照りつける焼けるような暑い日の様子。
- 「岩に染み入るセミの声」(松尾芭蕉『奥の細道』)静かな山道にセミだけが激しく鳴く様子。
- 「レナウン娘」(レナウンのCM曲「わんさか娘」より)少々古くて恐縮だが、単に<レナウンの服を着た女性>ということではなく、<颯爽としていて粋な女性になれる>ということを言いたいのだと思う。
- 「摩天楼の衣擦れが 舗道をひたすのを見たんです」(はっぴいえんど『風をあつめて』より)高層ビルが立ち並ぶ大都会を人がたくさん歩いている様を表現したもの。
なお、そもそも「風をあつめて」というタイトル自体が米国のシンガーであるボブデュラン氏の「風に吹かれて」へのオマージュである。松本氏自身も『"吹かれて"では受動的なので、"あつめて"と能動的にした』と語っている。
英語にも感性豊かな表現はある。例えば。
- Bold to Old(Jim Stengel『Unleashing the Innovators』)起業当時は野心的革新的で純粋だった企業(Bold)が拡大成長するにしたがって利益や市場シェアだけを気にする古いかたちの企業(Old)になっていく。韻をふんだ表現。
一行詩の作成は感性を養う練習にもなる。そう言う私も、一日一詩作るという取り組みをしているところである。皆さんもぜひ一度取り組んでみてはいかがであろうか。
NASA - https://www.flickr.com/photos/nasa2explore/47844488301/, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=78940126による
参考情報
[1] 『日本文化の核心』(松岡正剛、講談社、2007)より
[2] 「陰陽とは、中国の思想に端を発し、森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から陰(いん)と陽(よう)の二つのカテゴリに分類する思想」である(Wikipediaより) 「物事は「1」から始まり「2」は平面的な広がりで「3」で立体、つまり世界が成る、とされている。「1 3 5 7 9」など奇数は重要な数字なのだ。
[3] 一行詩(one-line poems)とは、俳句(17文字)や短歌(31文字)を含むもので、多くても40文字程度の一行で表された詩である。 『一行詩とは何か』 - https://langsquare.exblog.jp/20874667/
[4] 『風をあつめて』 - Youtube https://www.youtube.com/watch?v=PfFEPtJE0D4&list=RDPfFEPtJE0D4&start_radio=1, Spotify