人間の経験を中心に考えたデザイン(HXCD)

モノのデザインについて今さら論じる意義があるのかどうかはさておき、ドナルド・ノーマン( Donald A. Norman)氏の『未来のモノのデザイン[1]』を再読したきっかけに少し述べてみよう。

さて、自著書『実践UXデザイン』でも述べているように、これからのモノはコトの中で、コトに付随するものとして考えるべきである。まさに「人間の経験中心デザイン(HXCD:Human Experience Centered Design)だ[2]。

コトなくしてモノを論じる意味はほぼ無いとも言える。モノがそれ自体で存在し得るのは、工具やナベ釜のような一部の器具類だけではないだろうか。それらとて、DIYや(今ソーイングがブームである)例えば「お一人グルメ」的な料理体験の中で存在している。

とはいえ、話を進めてまず最初にここで言う「モノ」とはThings、つまり人工物のことであり、企業活動でいえば「製品」のことだ。もう少し広げれば、ノベルティーや製品関連のウェブサイトなど、製品をとりまく非販売物も含むことになる。

一方「コト」とは経験のことで、企業活動でいえば「サービス提供」ということになる。Serviceということをシステム的に考えれば「機能」と同義なので、モノが製品として提供される機能であるならば、サービスは「コトとして提供される機能」である。

モノ(製品)は機能のかたまりである。その機能がコトの中で存在するということは、「コトの中にある機能」であるとも言える。つまりコトもモノも機能であり、「機能」が入れ子になっている。コトは外にある全体機能であり、モノは「内なる機能」なのだ。

例えばコーヒーマシンというモノを考えるとそれは、<コイン投入を確認したら一定量のコーヒーを注ぎ口に置かれた紙カップに排出するサービス>、である。

この場合、モノ(コーヒーマシン)はコトを供給(または提供)する媒介となものである。それが「24時間営業しているコンビニエンスストア」という店での経験(i.e. 外側にあるコト=全体機能)のなかで成り立つ価値であるということである。

そんなことを考えてみるにつけ、『未来のモノのデザイン』で残念なのは、モノ中心の話に終始している点である。

確かに、AIやセンサー技術が普及してくると、モノは"人の気分を考慮した存在"となるであろう。それがノーマンの言う「スマートホーム」とか「未来のパーソナル端末」において必要不可欠な要素である。でもそのようなモノは、どのような生活を送りたいか、あるいは、どのように仕事をしたいか、などWHYの部分を考えたコトに付随しており、その中で考えるべきなのだ。『未来のモノのデザイン』には、そこが書かれていない。

人は気分で変わり、その気分も一様ではない。一様では無いから「気分」なのだ。"今日の気分"と"明日の気分"は違うのである。単にAIや高度なセンサーで何とかなる、というものでは無いと思う。まぁある程度は対処できるとは思うが。。。

モノがコトの中で存在するということは、コトを経験する人とモノがコトの中で共生することであるとも言える。ここで「共生」ということについて少し補足しておこう。

システムと人との共生とは

共生には何段階かのレベルがあり、共生を「(システムを)制御する主体」と「(システムの)目的」「(システムの存在が)単独か連結か」によって4つに区分できる。まとめると以下のような具合だ。
レベル
制御する主体
目的
単独/連結
1
人間
単一目的
単独
2
人間+システム
複数目的
単独
3
人間+システム
多様
一部連携
4
 自律型システム
多様
連携
レベル1は人間により制御された共生であり、単一目的のために単独で存在する。コーヒーマシンなどが良い例である。

レベル4は「真の共生」と言うべき段階であり、人間の知らないところでシステムが制御され(つまり「自律システム」である)、様々なサービスやシステムが連携する。レベル1から4に移行するにしたがってAIの充実度が増すとも言える。どのようなレベルで共生するのか、定義しておく必要があるであろう。

『未来のモノのデザイン』では最後の方で、<購入の抑制を促すパーソナル端末>というベルギーの提案を紹介している。使用者のお財布事情を把握しているので、「今月はもう無駄遣いしない方がいいですよ」などと言ってくれるというものだ。ノーマンは未来のモノの一つの示唆として紹介しているが、こういう"抑制"の短期的なメリットと機会の喪失などにともない失うもの(デメリット)との間のおりあいや、長期的なQOL(Qualitu of Life)のあり方など、共生のレベルと主にもう少し客観的に考えておかないとミスリードするような気がする。

最後は読書感想文のようになってしまったが、これからのモノのあり方はとても難しい。その中で忘れないでおくことは、人間の経験中心デザイン(HXCD)である。


Richard Giles from Perth, Australia - Twitter 365 Project - Day 61, CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=92224643による

参考情報
[1] 『未来のモノのデザイン』 - https://www.amazon.co.jp/未来のモノのデザイン-ドナルド・-・ノーマン/dp/4788511347/ref=sr_1_5?dchild=1&qid=1602563742&refinements=p_27%3Aドナルド・A・ノーマン&s=books&sr=1-5&text=ドナルド・A・ノーマン
[2] 本コラムをきっかけに、「HCD(Human Centered Design)」という言い方から「HXCD(Human Experience Centered Design)」という言い方に改めてもいい。