UXナッジ、最新2事例

ナッジ(nudge)という言葉をご存知だろうか。行動経済学の言葉である。

「ひじで小突く」という意味だが、筆者はUXデザインの中でこの考え方を積極的に利用し「経験をうながす」いう観点から「UXナッジ」とよんでいる[1]。

ものぐさな人間を基準にして、逆手にとって人を後押しするような手を打つことである。具体的には、ソーシャルディスタンシングをうながす"足跡マーク"がそれであり、コロナ禍で普及した。

建築や都市デザインではこの種の事例を多く見かける。

実際例としてはスウェーデンのフォルクスワーゲンが提唱する「ファン・セオリー」が有名で[2]、そのシリーズの第一弾である「Piano stairs」は、エスカレーターではなく階段を利用させるアイディアを実験している[3]。

イギリスやフランスでよく見かける「ランドアバウト」という信号機の無い交差点もその一種である[4]。

つぎに最近のもので面白い事例があるので2つほど紹介する。

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1つ目は、NHKが「少年少女発明クラブ」の子どもたちと協働した事例である[5]。

この中で自転車事故を減らすために交差点で一時停止を促すアイディアが面白い。交差点を通過した自転車台数をカウントした上で、直前の停止線で次のように表示する。

「あなたの自転車が、今日、この先の交差点で止まる36人目です」

停止した自転車に対しては交差点で、スピーカーから「ありがとうございました」との子供の声を流す。これにより停止率が10ポイント以上向上したとのことである。

同調圧力と言えなくもないが、

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2つ目は、ALTEMY[6]という建築家集団がポーラ美術館に作った「チケットカウンター前誘導装置」である[7]。

現在、チケットカウンター前の誘導は、伸縮可動する布製テープやチェーンを利用する例がほとんどである。分かりづらいし"並ばされている"というネガティブな印象を受ける。できれば"自然に並んでいる"という仕掛けが欲しいところである。

ポーラ美術館の例では、パイプ造形により「楽しさ」を演出し、「気付けば並んでいる」という経験をナッジしている[8]。まさにこれがUXナッジである。UXデザインの役割ではないだろうか。


いかがであろうか。
建築・都市デザインに限らず、UXナッジを利かせてデザインすれば、それは新しい経験を提供することにもつながる。様々なサービスに応用可能であると思うので、トライアルしてみてはいかがか。

なおALTEMYはデザイン思考により「チケットカウンター前誘導装置」をデザインしたということである。デザイン思考の中で"UXナッジのアイディア出し"なども行ってみる価値はある。

アイディア出しの方法論については、筆者著作の『UXデザインのための発想法』を参考にしていただければ幸いである[9]。

Matsushima Hidehiro - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=102492715による

参考情報
[1]『実践UXデザイン』P37、およびP104
[2]【スウェーデン】「楽しさ」が人々の行動を変える。フォルクスワーゲンが提唱する「ファン・セオリー」 - https://sustainablejapan.jp/2014/07/03/funtheory/10978
[3] Piano stairs -
https://www.youtube.com/watch?v=SByymar3bds
[4]「ラウンドアバウト(Wikipedia)」 - https://ja.wikipedia.org/wiki/ラウンドアバウト
[5]「"ルールを守ろうと思える"対策って? 自転車事故なくしたい」 - https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210922/k10013261701000.html
[6] ALTEMY - https://www.alt-emy.com
[7]「ニューノーマル時代のチケットカウンター前誘導装置「Spectra-Pass」をポーラ美術館が導入、デザインはALTEMY」 - https://mag.tecture.jp/culture/20210810-35677/
[8] Spectra-pass -Pola Museum of Art- - https://www.alt-emy.com/projects/spectra-pass
[9]『UXデザインのための発想法』 - https://www.amazon.co.jp/UXデザインのための発想法-松原幸行/dp/4764906031